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MAH's Homepage 〜「26」MARINES IS MY LIFE〜 |
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Dance Dance Revolution ![]() DDRer Come'n Come'n!! ってな訳で、メインである(はずの)DDRのページです♪ この度、内容を一新しました 世のゲーセンからDDRが消えていってる今、 やれ2ndやら3rdやらの事を書いてても なーんの意味も持たないので、単純に プレイスタイルや何やらを書いていこうかと思います。 DDRを始めたのは、デビュー間もない98年12月。 場所は千葉県内某所でした。 なんとなく入ったゲーセンに、見た事の無い筐体が。 そして流れてくる曲が「Butterfly」・・・。 すぐに惹かれました(*´∀`) それからしばらくの間は、それこそ狂ったようにやってましたね。 仕事が終わったらゲーセン直行・・・あ、パチ屋経由の時もあったな(笑) 閉店時刻の午前3時までほとんど入り浸り。 そんな生活を週に4〜5日(死) いやぁ、駄目人間でしたね(・∀・)(爆) その後、バージョンはどんどん上がっていき、 それにつれて難易度もどんどん上がっていく。 3rdが世に出回った時、わしゃ当初SSRは一切やりませんでした。 「こんな矢印の羅列、できるか( ゚Д゚)ペッ」ってな感じで。 まぁ、ANOTHER(今で言うTRICK)を制覇した段階で SSRにも手を出し始めましたけど。 さて、ここで言う「制覇」。 とりあえず、わし的には『フルコン=制覇』でしたね。 全パーなんて夢のまた夢でしたから(苦笑) で、ANOTHERを制覇したからSSR・・・。 ここで気付きました。 「フルコンを取るだけのDDRに、何の面白みがある?」って。 いや、SSR制覇の道が困難だったからって訳じゃないですよ?(・∀・)(死) フルコンを取る事に魅力を感じなくなったんですね。 そこで考えた結果、 「自己満足のDDRではなく、見られてナンボのDDR」 の道を歩む事にきめました(笑) 当時は、DDRというゲームはまだまだ周りからの注目を浴びていたので、 例えばパラリバのフルコンを取るだけでもギャラリーが集まっていたもんです。 ならば、『万人にわかる凄さ』を目指そうと思い、 ネタに走りました(爆) フルコンの場合は、リザルトが出て初めて凄さがわかる訳ですよ。 ところが、ネタに走ってると、踊ってる最中で凄さ(?)がわかる訳ですよ。 曲が終わると、黒山の人だかり。 ・・・・・・・・・・・快感でしたね(*´∀`)(滅) そこからは、いい意味で、周りの『目』を気にし始めましたね。 無様な格好で踊ってちゃ、ギャラリーなんて集まってくれない。 格好良く、おもしろくないと、みんなは興味を示してくれない。 仮にフルコンを取っても、例えば露骨なガニ股姿だったり、 パネルを踏む音がゲーセン中に響き渡るようなプレイじゃあ どうしようもないんですよ。 ネタにするには、何回も練習をしてスタイルを固めていく。 するとどんどん「単純」に踊れるようになっていく。 ネタの維持は、それほど難しいもんじゃなかったしね。 ある意味、ネタは自分の財産でしたから。 財産は守ろうとするでしょう?(笑) この辺りから考え方が変わっていき、 どんなに立派なリザルトを残しても、 プレイ中の姿が無様だと、「ケッ」って思うようになってましたね(高難易度曲を除く)。 バー持ちもまた然り。 ※このバー持ちに関しては、今では肯定してます。 ※自分でバー持ってやってみたら・・・全然できなかったんですよ(T▽T) ※だから、バーを持ってプレイできるのは凄いな、と(^▽^;) パネルをどったんばったん、ガニ股でカニ歩き・・・。 そんなんだから「キモい」言われるゲームになっていったんでしょうね(=∀=;) わしは、そんな輩と「同じ目」で見られるのが嫌でしたね。 そういう人達と同じ扱いをするな、と。 自分まで「キモい」扱いされたくないですから(´・ω・`) 言い換えれば、自分なりの「踊り」と「ゲーム」の境界線だったのかもね。 そんなこんなで、現在に至ります。 プレイスタイル的には、今も「見られてナンボ」です。 『だったらストリートで踊ってればいいじゃん』 はい、ごもっとも(死) でも、同じ「踊り」であればDDRでもストリートでも そんなに大差あるもんじゃ無いと思ってる訳ですよ。 DDRの筐体の数が減っていってる今、 「是非やってみてください(^^)」とは言いません。 でも、DDRerはこだわりを持ってやっているんです。多分(爆) だから、冷めた目で見るのはお願いですからやめてください(T▽T)(滅) |